| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨
ESJ70 Abstract


第27回 日本生態学会宮地賞/The 27th Miyadi Award

土壌の養分制限に対応する樹木根の可塑性:熱帯林から北極圏まで
Plasticity of trees to soil nutrient limitation: From the tropics to the arctic

藤井 一至(森林研究・整備機構 森林総合研究所)
Kazumichi Fujii(Forestry and Forest Products Research Institute)

 私は土の研究者として、土が生態系の生産性・物質循環とどのように関係しているのかについて研究してきた。熱帯林では、強風化土壌の養分制限条件でも高い生産性を維持できる理由として樹木根の形態的・機能的な多様性が挙げられる。樹種によって異なる根滲出物(リンゴ酸や糖)を放出することで物質循環を促進し、異なる栄養レベルへの適応が可能になることを解明した。また、溶存有機物の溶脱や細根生産を通して高い土壌炭素貯留能を有する樹木を選抜し、肥沃度回復技術に応用している。
 一方、樹種の多様性の低い北方林にも貧栄養土壌(永久凍土、砂質ポドゾル)は分布し、養分獲得戦略を多様性だけでは説明できない。菌根共生、根の表面積の増加、落葉前の養分引き戻しという既知の適応機構は表層土壌だけを比較した研究が多い。「土壌養分の深度分布の不均一性(ホットスポットの存在)に対して植物根には高い可塑性がある」と考え、検証した。
 カナダの永久凍土地帯では、浅い凍土面と凹凸微地形の存在によってクロトウヒは酔っ払いの森を形成し、一次生産は活動層の窒素量に制限される。凍土中の窒素無機化は遅く、植物の適応としてアミノ酸の直接吸収が知られてきた。しかし、アミノ酸は微生物や地衣類、コケ植物と競合しやすく、粘土に吸着しやすい。私は凍土下層に尿素が集積することを発見し、窒素欠乏条件下で樹木がアミノ酸だけでなく尿素を直接吸収できることをトレーサー試験によって世界で初めて示した。尿素吸収は浅い凍土面に限られ、尿素を独占するためにクロトウヒは根を多く分配する。年輪解析から温暖化によって凹凸地形、酔っ払いの森の発達が加速しているが、温暖化が続けば、尿素吸収に依存したクロトウヒの生育が困難になることも予測できた。
 北欧に多い砂質土壌のポドゾル化は土壌養分、粘土含量の低下を引き起こすが、アカマツの一次生産量の低下は見られない。エストニアの海岸段丘をモデルに細根の垂直分布を調べたところ、粘土のない砂質土壌では堆積有機物層にルートマットを発達させるが、粘土を含む土壌では下層の養分のホットスポットまで細根を多く分配するという土壌深度方向の形態学的な可塑性の存在を示した。
 土壌学はダーウィンのミミズと土の研究、進化論、それ以降の生態学の発展に触発されて誕生・発展した学問であるが、それが今度は生態学の視野を拡張する可能性を提示できればと思っている。


日本生態学会