| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨
ESJ70 Abstract


第11回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 11th Suzuki Award

シロチョウの食草適応機構:野外の生態現象と分子生物学をつなぐ
How Pieris butterfly larvae disarm the mustard oil bomb

岡村 悠(東京大学理学系研究科 / マックスプランク化学生態学研究所)
Yu Okamura(Graduate School of Science, University of Tokyo / Max Planck Institute for Chemical Ecology)

野外において植食性昆虫が餌である植物を食んでいる光景をよく目にする。一般に植物は多種多様な化学防御を持ち、植食性昆虫は植物の保有するこれらの化学防御を乗り越えることで初めてその植物を主要な餌資源として利用することができる。しかしながら、多くの場合、植食性昆虫の食草への適応機構は明らかになっていない。
シロチョウ亜科蝶類(以下シロチョウ)は野外において様々なアブラナ科草本を食草として利用する。アブラナ科草本はグルコシノレートと呼ばれる二次代謝産物を保有し、これは食害を受けた際に毒性のある物質へと分解される。グルコシノレートはアブラナ科において多様であり(>130種類)、アブラナ科草本は種によって異なった組み合わせや量でグルコシノレートを保有する。これに対しシロチョウの幼虫は、腸内でnitrile specifier protein(NSP)と呼ばれるタンパク質を発現し、これが一部のグルコシノレートの毒性物質への分解を妨げることが知られていた。しかしながら、シロチョウの幼虫が野外で遭遇する多様なグルコシノレートへと適応するうえで、はたしてNSPが必要十分であるのかは不明であった。
私は、これまで、上記の問題について分野横断的な手法を用いて研究を行ってきた。アブラナ科草本多種を用いた摂食実験と食草の化学分析、幼虫のトランスクリプトーム解析を組み合わせることで、シロチョウが食草のグルコシノレート組成に応じて、NSPだけでなく、その姉妹遺伝子で機能不明だったmajor allergen (MA)という遺伝子を発現し分けていることを発見した。加えて、集団遺伝学や進化学的な解析によって、NSPとMAは異なった進化動態を持ち、日本のシロチョウ集団においてはNSPが野外での食草利用パターンに関連した正の選択を受けていることを見出した。さらに、ゲノム編集によってNSPとMAを欠損したシロチョウを作出した結果、NSPとMAはそれぞれ異なった種類のグルコシノレートの解毒に寄与していることが示された。これらの結果は、シロチョウがNSPとMAという2つの解毒酵素を使い分けることで、より多様なグルコシノレートへ適応し、それによって野外で幅広いアブラナ科草本を利用できていることを意味する。本講演では、これらの結果を紹介するとともに、非モデル生物の生態的に重要な側面に分野横断的なアプローチからどのように迫るかについて議論したい。


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