| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
第11回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 11th Suzuki Award
窒素、リン、カルシウム等の元素は森林生態系での動態解明が進む一方、ケイ素は植物にとっての有益元素(植食者に対する防衛機能向上等)として主に農学分野で多くの研究が行われてきた。その最たる例はイネ科植物であるが、熱帯地域で高い被食圧やアルミニウム害などの複合ストレスを受ける熱帯林樹木も、ケイ素を利用しているかもしれない。しかしケイ素が葉にどれくらいの濃度で集積し、どのように熱帯林で循環しているのか、それら基礎的な知見もほとんど得られていなかった。
演者は熱帯林樹木のケイ素集積多様性を明らかにすべく、東南アジアを中心に研究を進めてきた。これまでの結果からは、温帯林樹木に比べ、熱帯林ではケイ素を多く集積する樹木が出現する可能性が明らかになってきた。熱帯林樹木の葉におけるケイ素濃度のばらつきは大きく、低集積種においては葉にケイ素の存在がほとんど認められないのに対し、高集積種では葉の乾燥重量の10%にもおよぶ高いケイ素集積を示すことがわかった。マレーシアボルネオ島キナバル山(標高4,095 m)においては、ケイ素を集積する樹木は低標高により多く出現していた。これはケイ素を集積する種を含む特定の系統群(フタバガキ科など)が低標高に分布していることにも関係していた。高集積種のケイ素の葉内分布を観察したところ、表皮や葉毛に特徴的なケイ素の局在が認められることもわかってきた。
このように種間で大きく異なる葉のケイ素集積について、その生態学的意義とは何なのだろうか。熱帯低地林に生育する樹木種を対象に葉のケイ素濃度と他の葉形質との関係を調べると、それらは独立した関係にあることがわかった。これは葉のケイ素濃度が多くの樹木において低濃度であり、ケイ素集積が認められる樹木が一部の系統群に限られることにも一因すると考える。最近は特定の系統群(新熱帯の森林下層で頻繁に見られ葉のケイ素濃度の種間差が大きいコショウ属Piperなど)に着目し、近縁種間での葉のケイ素濃度と他形質の関係、ケイ素の葉内分布パターンを明らかにするべく研究を進めている。葉におけるケイ素の局在が示すように、ケイ素は単純にその含有量を調べるだけでは機能解明にはつながらないだろう。本講演では、演者がこれまで研究を行ってきた東南アジアのみならず、新熱帯など他の地域での最新の研究展開についても触れ、ケイ素の生態学的意義とは何かを考えていきたい。