| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(口頭発表) E03-05 (Oral presentation)
哺乳類の行動における個体差の把握は、生態や進化の理解に重要であり、さらには保全や管理に寄与し得る。しかし、個体レベルの行動履歴の情報を長期的に得る手段は限られていた。近年、年齢と共に成長し、二次代謝を経験しない毛や歯のような組織における同位体比の時系列復元が、動物の個体レベルでの移動や摂餌パターンの時間変化を理解するための強力な手段になる可能性が示されている。一方で、毛や歯を用いた従来の手法では、長期的な同位体比の時系列変化を復元できる種が限られていた。本研究では、ヒグマ(Ursus arctos)をモデルに、生涯にわたり外側に組織が付加される水晶体の特性を活かし、水晶体の伸長方向への分割と窒素、炭素安定同位体比(δ15N、δ13C)分析により、個体の成長に伴う食性変化を時系列で復元する可能性を検証した。
北海道南西部の渡島半島に位置する3町(八雲、厚沢部、黒松内)で捕獲された7個体のヒグマ(オス6、メス1)から水晶体を採取した。各個体1つの水晶体を外から内側に向かって薄く分割し、δ15N、δ13Cを分析した。結果、全ての個体で中心部のδ15N値が高く、外側の組織に向かって一度、減少していく傾向が見られた。これは、哺乳類に共通してみられる“授乳”によるδ15N値の上昇と“離乳”の過程によるものと考えられる。また、コーンが広く作付けされている八雲町で捕獲されたヒグマ5個体のうち4個体では、最も外側付近の組織でδ13Cとδ15Nが成長と共に大きく高まり、コーンの同位体比値に近づく傾向が見られた。これは、コーンへ依存するようになった食性変化を反映していると考えられる。
ヒグマの水晶体を用いたδ15Nおよびδ13Cの分析により、個体の長期にわたる食性履歴の時系列復元が可能であると考えられる。本手法は、哺乳類の多くの種において個体レベルでの長期的な摂餌パターンの把握と、その個体差を生み出す要因の解明に有用であり、保全や管理にも寄与し得る。