| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(口頭発表) H01-01 (Oral presentation)
たった1つの遺伝子に生じた進化は、生態系全体を変えうるのか?本研究では、群集構造や生態系機能に強く影響しうる多機能性遺伝子として、トゲウオ科イトヨの甲状腺刺激ホルモンTSHß2に着目する。イトヨは元来、海と川を回遊する海型だが、氷河期以降、様々な淡水域に進出し、多様な淡水型が派生している。私たちは近年、トランスクリプトーム解析とゲノム編集により、海型と淡水型に見られる繁殖の季節性の違いがTSHß2の遺伝的変異により生じることを見出した。海型では日長に応じたTSHß2の発現変動が複数の繁殖形質や脳トランスクリプトームを変化させる多機能性スイッチとして働き、季節性の繁殖が誘導される一方、淡水型はTSHß2発現の日長応答性を失い、冬でも繁殖する。イトヨは季節に応じて餌生物を変えるため、この変異は、餌生物群集を変化させ、一次生産量や分解量を変え、水の透明度や無機イオン濃度等の非生物的環境にまで影響を及ぼす可能性がある。そこで、TSHß2を機能欠損させた海型の採餌形質と餌生物選好性を解析し、さらに彼らをオオミジンコとクロレラからなる単純な人工生態系に曝露してその効果を検証した。TSHß2欠損個体は、遊泳行動の増加と採餌行動の低下、底生性のミズムシよりも浮遊性のオオミジンコへの高い選好性を示し、これは淡水型の特徴と一致した。また、TSHß2欠損個体に曝露した人工生態系は広い波長範囲で水の相対吸光度が低下した。これはクロレラを捕食するオオミジンコの個体数の変化によるものと考えられた。さらに、水中の相対硝酸イオン濃度も高い傾向にあり、TSHß2の機能欠損が生態系内の窒素循環にも影響を与える可能性が示唆された。本発表ではこれらの結果を踏まえ、TSHß2に代表される多機能性遺伝子の進化が群集構造や生態系機能に与える影響、さらにそれらがもたらしうる生態・進化フィードバックについて議論する。