| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-004 (Poster presentation)
生息環境が最も過酷になる時期を生物が乗り越えられるかは、その地域で生存可能かを決定する重要な要因である。寒冷地に生息する生物においては、有効な越冬戦略をとることが生存に関わる大きな課題となる。中部山岳地域に位置する上高地は厳冬期の最低気温が-25℃にもなる環境であり、上高地に生息するニホンザルは、熱帯に生息する種が多い非ヒト霊長類の中で最寒地に生息する集団と言える。そのため本集団の生態研究は、生物の寒冷地適応について新たな知見を拓くことにつながる。本集団では、霊長類において稀な生きた魚類および水生昆虫の捕食が確認されており、植物食中心の雑食性とされるニホンザルの越冬戦略の一つと考えられている。これまでmtDNA COI領域に基づく糞分析によって直接観察が困難な水生動物の種同定が試みられたが、昆虫類における非検出種が多く存在するなどの課題が残されていた。そこで本研究では昆虫類に汎用で、かつ種識別能力の高いマーカーとして2023年に新規開発されたmtDNA 16S rRNA領域を対象とするMtInsect-16Sを用いたDNAメタバーコーディングで、ニホンザルが捕食する水生昆虫種の網羅的な解析を試みた。2023年2月に上高地で採取したニホンザルの糞56サンプルからDNAを抽出して解析し、糞内から得られたDNA配列をデータベースと照合して種レベルで同定した。その結果、頻繁な捕食が観察されたものの従来の糞分析では検出されていなかった複数の水生昆虫種を新たに検出できた。また、水生昆虫の捕食が行われているか不明であった流域に特異的に生息する種も検出され、ニホンザルの河川利用域が予想より広範囲である可能性が示唆された。このように、非ヒト霊長類の中で最寒地に生息する上高地のニホンザルが多種多様な食物を得て厳冬期を乗り越えていることが示唆される興味深いデータが得られたので、ここに報告する。