| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-007 (Poster presentation)
全国でシカの個体数増加と生息域拡大に伴う農業被害が問題になっている。農地はシカにとって好適な採餌場所であるため、シカの農作物採食により個体数が増加する可能性がある。シカは臼歯の過度な摩耗により消化効率が落ちるため、シカの寿命は採餌してきた植物の影響を受ける可能性がある。農作物は品種改良等により自然の餌植物に比べて柔らかいため、農作物に依存しているシカほど歯の摩耗が抑制されることが推察できる。そこで本研究ではシカの農作物採食が歯の摩耗を介して寿命に与える影響を評価するため、まずシカが頻繁に採食する自然の餌植物と農作物との間で摩耗速度に影響すると考えられる餌物性が異なるかを検証し、次にシカ個体の歯の摩耗の程度と各個体の農作物依存度との関係について検証した。近年シカ個体数が増加し、農業被害が問題となっている群馬県及び長野県を対象に、シカが頻繁に採食する農作物及び自然の餌植物を20種採集し、せん断応力の高さおよび摩耗物質の含有量を調査した。次に2011-2019年に調査地で捕獲された186体のシカの頭骨を対象に農作物依存度の指標である窒素同位体比と臼歯歯冠高、齢等を測定した。植物のせん断応力の指標であるNDF値(繊維量の指標)、せん断仕事量、引張強さにおいて、ササ類などの自然の餌植物が牧草などの農作物より高かった。一方、摩耗物質の含有量の指標であるシリカ含有率はササ類と牧草の間で大きな差は見られなかった。また農作物依存度が高いシカ個体ほどその臼歯歯冠高が高く、その傾向は特に9齢以上の老齢個体で顕著に見られた。以上の結果から、農作物は自然の餌植物より柔らかいため農作物に依存しているシカほど歯の摩耗が抑制され、農作物採食がシカの寿命を延ばしている可能性が示された。シカの農作物採食を防ぐことは農業被害を軽減させるだけでなくシカの個体数増加を防ぐという点でも重要であると考えられる。