| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-125 (Poster presentation)
多くの動物は、行動の意思決定において、すばやい選択と精確な選択を同時に実現できない。この「速度と精度のトレードオフ」は、採餌中のマルハナバチの報酬花選びでもみられる。つまり、報酬花と無報酬花を色で選ぶ課題を与えられたとき、ハチは精度は低くても高速で採餌する「せっかち派」から、速度は遅くても高い精度で採餌する「慎重派」まで、個体ごとに採餌戦術を大きく変えるのである。しかし、ある個体がトレードオフの存在下で速度と精度のどちらを優先するかは、どのように決まるのだろう。演者らは次の仮説を立てた:ハチは個体ごとに学習速度が異なるため、ある個体には十分な学習量でも、別の個体では学習不足となる。すると後者は、精度をあきらめて速度を上げる「せっかち派」になるのではないか。これが正しければ、どの個体も十分な学習をすれば、ゆっくり精確に報酬花を選ぶ「慎重派」になるはずである。そこで、クロマルハナバチを用いた室内実験で、報酬花と無報酬花の色の類似度(高いほど学習に時間がかかる)が異なる課題を与え、各個体が一定の正答率に達するまでの学習時間を測定した後、報酬花を選ぶ際に要する反応時間と正答率を調べた。すると予測通り、報酬花と無報酬花の色の類似度が低〜中程度の条件では、すべての個体が正答率90%を超える「慎重派」となった。また、花色の類似度が高い条件では、先行研究と同様に個体ごとの採餌戦術がばらつき、学習が遅い個体ほど反応に時間をかけない傾向がみられた。これらの結果は、先行研究で示された「せっかち派」が、学習不足の個体が一時的に採用する代替戦術であることを示唆する。ただし、反応時間は「慎重派」の個体間でも著しくばらつき、この個体差は学習の遅速とは関連がなかった。これは、情報を格納する能力と、格納した情報を外界と照合する能力を司る中枢神経系の領域が異なっている可能性を示唆する、興味深い結果である。