| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-185 (Poster presentation)
高山帯は低温、積雪による短い生育可能期間、強光等の環境を有し、植物の生育にはストレスが多い環境である。一般的には高標高になるほど低温や短い生育期間となり、植物の生育には適さない環境となる。日本で最も幅広い標高の高山帯を有する山岳として富士山(標高3,776 m)があり、Racomitrium lanuginosum (Hedw.) Brid.(シモフリゴケ)はその高山帯に優占して生育する蘚類である。シモフリゴケのオスの有性生殖器官は標高に沿って減少し、メスでは形成数の変化はないことが知られている(Maruo & Imura 2020)。このような有性生殖における生育環境に対する応答の雌雄差の原因として、オスの配偶子はメスよりもエネルギー的に高価であることが考えられる(Stark et al. 2000)。
我々は、高標高ではシモフリゴケのエネルギー獲得が減少しているのではないかと考え、エネルギー獲得手段である光合成活性に着目し標高傾度(2,500、3,000、3,700 m)に沿って、葉の形態、光合成活性を観察した。葉の形態では、大きさ、鋸歯・細胞の形、色等では大きな違いを確認できなかった。PAMクロロフィル蛍光測定により光化学系IIの最大量子収率(Fv/Fm)を測定した結果、実験の処理条件とは無関係にFv/Fmのばらつきが非常に大きかった。このことからシモフリゴケは生育環境下でストレスにより光化学系IIに損傷や不可逆的な非光化学的蛍光消光(NPQ)が生じている可能性がある。各標高のシモフリゴケを様々な温度で処理した後に光―光合成曲線を測定して光合成の至適温度を比較した結果、標高2,500 mでは30 ℃、3,000 mでは25 ℃、3,700 mでは20 ℃となり、標高が高くなるにつれてピークが低温側へシフトし、シモフリゴケは光合成をより低い温度に順応させていると考えられた。また、どの標高でも採集したシモフリゴケにおいても光誘導性のNPQが非常に大きく熱散逸機構が発達している可能性がある。発表ではシモフリゴケの光合成の温度依存性について詳細に議論する。