| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-240 (Poster presentation)
窒素は環境中で-3から+5までの酸化数で化合物を形成する。酸化数の低い窒素の化合物は電子供与体として、酸化数の高い窒素の化合物は電子受容体として、ATP合成の駆動力である電子移動反応(酸化還元反応)に寄与する。微生物は、膨大な電子供与体と電子受容体の組み合わせの中から、特定の酸化還元反応を触媒するための酵素機能を、進化過程において獲得してきた。特定の酸化還元反応が進化過程で選択された理由は、単に偶然であったかもしれない。もしくは、化学反応の進みやすさは速度論的・熱力学的に決定しているため、微生物は環境中で特に進みやすい反応を活用する方向に進化してきたのかもしれない。
本研究では11の窒素化合物とO_2、H_2O、H^+の間に想定される電子移動反応を網羅的に作成し、非生物状態において特に進みやすい反応をシミュレーションベースで探索した。1,332の反応による窒素化合物の濃度動態を微分方程式で記述し、窒素化合物の挙動を強く支配する酸素濃度と水素イオン濃度の各条件において、定常状態における窒素化学種濃度と反応速度の応答を調べた。また、窒素化合物をノードとし、化合物間のフローが大きい場合に有向エッジが存在すると見做した窒素ネットワークグラフを作成した。非生物モデルでフローが大きかった窒素化合物間のエッジ集合E_(abio)と、現実の微生物反応よる窒素化合物変換のエッジ集合E_(microb)とを比較したところ、E_(microb)の約5割はE_(abio)中に存在するエッジにより構成された(n(E_(abio)∩E_(microb))/n(E_(microb)) ≈ 0.53)。この結果は、微生物のATP合成のための酵素機能の進化はランダムな遺伝子変異の蓄積の結果として生物学的な理由だけで決定する訳ではなく、反応速度論や熱力学の影響下において方向性づけられてきた可能性を裏付ける。