| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-302 (Poster presentation)
異なる植物分類群間における葉緑体 DNA の共有は一般的に観察されてきた。この現象を説明するメカニズムとして、遺伝子浸透、祖先多型の保持、収斂の3つが挙げられる。植物では種間交雑がしばしば起こるため、遺伝子浸透がよく説明に用いられてきた。長野県アテビ平ではブナとイヌブナが同所的に生育しており、両種は葉緑体ハプロタイプを共有していた。そこで、本研究では系統地理学的な手法を用いて、ブナとイヌブナの葉緑体ハプロタイプ共有のメカニズムを明らかにすることを目的とした。ブナ25集団413個体とイヌブナ 34 集団 439個体からRADシーケンシングで取得されたリード配列を用いて葉緑体DNAと核DNAのSNPを探索した。葉緑体DNAから得られた51座の配列に基づき合計51のハプロタイプが同定され、そのうち一つのハプロタイプのみ、北陸を除く中部地方に分布するブナとイヌブナで共有が見られた。このハプロタイプを保持するアテビ平のブナとイヌブナ各3個体の全葉緑体ゲノム配列を決定したところ、種間には1つのSNPと2つのインデルの変異が見られた。葉緑体DNAの塩基置換とインデルの突然変異率から種間の葉緑体DNAの共有は第四紀更新世に生じたと推定された。ブナとイヌブナの共通祖先の分岐時期は古第三紀漸新世と推定されていることから、葉緑体ハプロタイプの共有は祖先多型の維持ではなく、遺伝子浸透によるものであると考えられる。葉緑体ハプロタイプネットワークから、ブナからイヌブナへの方向の遺伝子浸透が示唆された。核DNAのSNP 2885座を用いたクラスタリング解析(sNMF)からは、イヌブナの集団にブナクラスターの混合はほとんどないことが示された。以上の結果から、第四紀更新世に種間交雑し、その後イヌブナへの戻し交雑が繰り返し起こったことによって、イヌブナがブナの葉緑体を獲得して共有が生じたと考えられる。