| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-314 (Poster presentation)
生物が新たな環境に進出するためには、新たな物理・化学環境やコミュニティに適応する必要がある。一般に、ヨウ素は海域に豊富に存在するが、一部の淡水域では僅かしか存在しない。ヨウ素は、脊椎動物では甲状腺ホルモンの原材料であり、ヨウ素が不足すると甲状腺ホルモンが十分に合成できない。ヨウ素不足は海産脊椎動物の淡水進出・適応にどのような制約を与えるのか?
この問いに答えるべく、トゲウオ科魚類イトヨ属を用いて研究を行なった。日本のイトヨには大きく分けて、淡水進出していないニホンイトヨ、淡水でも海水でも生存可能なイトヨ海型、イトヨ淡水型の3型がいる。まず、人工受精で作出した3型の室内飼育実験を実施した結果、淡水型は甲状腺ホルモン量に加えて下垂体の甲状腺刺激ホルモンβ鎖1遺伝子(TSHβ1)の発現は低かった。一方、ニホンイトヨとイトヨ海型では、海水飼育下に比べて淡水飼育下では甲状腺ホルモン量は低いものの、TSHβ1遺伝子の発現は高かった。これは、負のフィードバックが働かずに、より多くの甲状腺ホルモンを生産すべく下垂体から甲状腺刺激ホルモンが放出されていることを示唆する。ついで、人工受精で作出した3型を野外の淡水実験池で飼育した結果、ニホンイトヨでは高いTSHβ1遺伝子発現に加えて、下顎に巨大な甲状腺腫瘍がみられた。これは、下垂体からの司令によって甲状腺が恒常的に刺激を受けたことを示唆する。イトヨ海型では甲状腺の顕著な腫瘍はなかったが、組織像上は過形成がみられた。淡水型は甲状腺組織に異常はみられず、TSHβ1遺伝子の発現量も低かった。
以上の結果は、甲状腺ホルモン量の負のフィードバックの閾値およびヨウ素不足への応答が3型間で遺伝的に異なることを示す。今後は、この遺伝基盤の詳細、ならびに、甲状腺ホルモンがもつ生理機能について解析を進めることで、ヨウ素が生物進化に与える影響の解明を目指したい。