| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-079 (Poster presentation)
生態学や水産科学においては、水生の外温動物が作る炭酸塩硬組織の化学組成から個体の経験温度履歴を復元する技術に対して、大きな需要がある。魚類の場合には、耳石を構成するアラゴナイトの酸素安定同位体比が多用されているものの、分析コストが高い、分析に必要となる粉末の量が多く時間解像度が低い、環境水の同位体比が既知でなければならない、といった制約がある。これに対して、硬組織に含まれる元素比もまた、温度に対する依存性を示すことが知られている。元素比は、非破壊の表面分析によって1µmの空間解像度で定量可能であるという利点がある。カルサイトの硬組織ではMg/Caが、アラゴナイトの硬組織ではSr/Caが温度との関数関係を示すものの、関数自体に無視できな規模の個体差が見られ、この効果を補正するためのモデルを確立する必要がある。別の課題として、非破壊の表面分析手法であるWDSでは、標本に含まれる元素の量がX線強度として出力されるため、元素比の真値を知るための換算式が必要となる。これまではZAF補正という近似的方法が用いられてきたが、(用途によるが)推定値には無視できない規模のバイアスがあった。著者らは最近になって、貝殻の交差板構造(結晶多型としてはアラゴナイト)のSr/Caに関して、X線強度比からSr/Caの真値を直接換算する推定式を発表した。本研究では、この換算式を腹足類の幼生殻断面に対してWDSで測定されたX線強度比に適用することで、浮遊幼生期に作られた殻のSr/Caを正確に定量することを試みた。また、同時に測定された硫黄(S)濃度の分布についても報告する。硫黄は貝殻に含まれる有機物(特に多糖類)の濃度を反映されると考えられており、貝殻中ではSr濃度と正の相関を示すことが多いが、元素比に基づく温度推定の改善に寄与する情報になりえるかどうかについては、今後のさらなる測定が必要である。