質が高く空間的にも集中して分布する農作物は野生動物にとって好適な食物資源であり、農作物の採食が個体のパフォーマンスを向上させることが様々な分類群で報告されている。シカ類において、体サイズは妊娠率や生存率といった適応度に直結する要因を大きく左右することが知られている。近年発表者らは、ニホンジカ（Cervus nippon; 以下、シカ）において農作物採食が若齢メス個体の体サイズ成長を促進し、その結果妊娠率が上昇する早熟化現象を引き起こすことを明らかにした。しかしながら、農作物採食がシカの体サイズ成長にどのように影響するのか、具体的には「初期成長に寄与するのか、それとも最大到達サイズに寄与するのか」や、こうした影響に性差があるのかは明らかではない。これらの知見は農地景観に生息するシカの生活史を理解する上で重要である。そこで本研究では、農作物採食がシカの体サイズ成長にもたらす影響について性差を考慮して検討する。
　シカによる農作物採食が多く確認されている長野県浅間山周辺地域で捕獲された野生個体の頭骨試料を収集した。各シカ個体の農作物依存度を評価するために、鼻甲介を用いて窒素安定同位体比（δ¹⁵N）分析を行った。続いて、体サイズの指標として頭骨最大長を測定した。各個体の年齢はセメント質年輪法により推定した。得られた値をもとに性別および農作物依存度ごとにそれぞれ成長曲線の推定を行った。本発表では、推定された成長曲線の特徴について議論を行う。