| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-128 (Poster presentation)
花黒穂病菌は被子植物を宿主とする糸状菌であり、宿主の花の葯で黒褐色の胞子を形成し、雌蕊を変形させる。このため、花黒穂病の発症個体の花は有性繁殖機能を失い、花粉の代わりに胞子を散布する。花黒穂病菌への感染は、健全個体の花の柱頭に飛来した胞子の菌糸が胚珠まで移動し、種子に付着していた菌糸が実生に侵入することで起こる。したがって、健全個体が有性繁殖可能な子孫を残すためには、発症個体から散布される胞子が柱頭に付着する機会を減らすことが重要になる。
健全個体と発症個体で開花時期がずれていれば、健全個体の柱頭に胞子が付着する機会が減る可能性がある。そこで、健全個体と発症個体が同所的に生育している多年草ツルボの開花フェノロジーを、東京都の多摩川沿いの11方形区で調査した。ツルボは1本の花茎に総状花序をつける。ここでは、最初の小花の開花日を個体の開花開始日とした。方形区内の最初の開花個体の開花開始日について、11方形区の平均値を比較すると、健全個体と発症個体で差がなかった。一方、個体の平均開花開始日は健全個体で早くなり、全開花個体の開花開始に要した日数について方形区の平均値を比較すると、発症個体は約4週間であったのに対し健全個体は約3週間と短かった。
次に、野外で採取した球根を用いて圃場栽培実験を行い、花序内の最初の小花の開花日と全小花の開花に要した日数(開花日数)を、健全個体と発症個体で比較した。最初の小花の開花日は、健全個体で発症個体よりも約2日早くなった。開花日数は発症個体の約12日に対し健全個体では約7.5日と短くなった。
花序における早い開花開始と短い開花日数は、健全個体の開花時期と発症個体の開花に伴う花黒穂病菌の胞子の散布時期との重なりを短くする。ツルボに見られた開花時期のずれは、健全個体が有性繁殖能力を持つ子孫を残し、発症個体と同所的に存続していることに寄与している可能性がある。