| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-171 (Poster presentation)
和泉葛城山のブナ林は、分布の南限圏にあり、かつ標高の低い温暖なところに形成されるなど学術的にも貴重なことから国の天然記念物に指定されている。しかし、近年ブナ立木数が若木を中心に減少しており、実生・稚樹の定着もほとんどないなど、ブナ林の衰退が危惧される状況となっている。そこで、天然更新に欠かせない種子生産力の現状を把握するため、5年間に渡り種子の生産量や健全率を調査し、過去データや他地域との比較を行った。
2019年5月に調査対象木としてブナ20本を選定し、樹冠下に1 m2のシードトラップをそれぞれ設置した。その後、2023年11月にかけて数か月に一度の頻度で落下物を回収し、ブナ種子とそれ以外に分別した。種子は、まず目視により虫害等の被害の有無を判定し、被害のみられた種子を「虫害」とした。虫害等の被害のみられなかった種子を対象に水選を行い、成熟して沈水するものを「健全」、未成熟で浮遊するものを「しいな」とした。以上の区分ごとに回収した種子数を計数し、総種子数や健全率を調査年ごとに把握した。
調査の結果、最近5年間のうち2019、2021、2023年は凶作であり、2020年のみ豊作と呼べる程度のまとまった種子生産がみられた。2020年の種子生産量は約630個/ m2であり、過去データや他地域の豊作年とほぼ同等の種子生産が行えていると考えられた。一方で、2020年の健全種子数は約1.8個/ m2、健全率で0.29%と非常に低く、過去の豊作年の健全率約6.4%からも大きく低下しており、発芽能力のある種子の生産がほとんど行えていないことが明らかとなった。2020年はしいなが約2/3を占めており、夏の猛暑の影響で種子の登熟が正常に進行しなかった可能性が示唆された。和泉葛城山ブナ林は、2019年時点で温量指数がブナ林の成立しうる上限値に達するなど気候変動に非常に脆弱な状況にあり、今後も種子生産状況のモニタリングを継続し、保全策を講じていく必要があると考えられた。