| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-217 (Poster presentation)
気候の多様な日本列島において広範に分布する植物の表現型進化をゲノムレベルから解析することは、局所的な気候適応のメカニズムを理解するための有効な手段となる。ハクサンハタザオArabidopsis halleri subsp. gemmiferaは北海道から九州にかけての山地に分布し、モデル植物シロイヌナズナと近縁であることから、局所適応の遺伝的背景を解析する上で適した種である。本種の野外集団では様々な形態的、生態的変異が報告されているが、全国の集団を比較した進化史や適応の遺伝的な基盤の解析は十分に行われていなかった。そこで本研究では、北海道・本州・九州に分布する141野生集団由来の全ゲノムリシーケンスデータを用い、①集団構造の解析、②分集団の進化史の推定、③環境勾配との相関や自然選択の痕跡があるゲノム領域の探索、④気候条件に基づく分布適地の推定を行った。まず集団構造解析の結果、本種は日本列島において明確に地理的分化していることが明らかになった。この構造に基づき北日本、中部、関西、西日本の4分集団に分けて分化シナリオと集団サイズ変化を比較した結果、北日本集団が最初に分岐したこと、全ての集団分化は最終氷期にあったことが示唆された。次に、特定の気候条件に対して分集団特異的に自然選択を受けたゲノム領域を探索した結果、関西・西日本集団では高い気温に対して、北日本・中部集団では少ない降水量に関連して正の選択が働いた傾向が見られた。これらのゲノム領域には高温やストレス応答に関与する遺伝子が近接し、地域間でアリル頻度が異なった。さらに、最終氷期における分布適地は沿岸部の低地に推定された。以上の結果から、本種は寒冷な最終氷期に日本列島で分布を拡大し、氷期後の温暖化に伴って西日本の低地に分布する集団で温暖な気候に適応したと考えられる。今後は表現型変化の解析を行い、適応に関わった遺伝子の生態的な機能を明らかにする予定である。