| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-267 (Poster presentation)
水田は、湿地生物の代替生息地として機能する。しかし、機械化の導入を目的とした乾田化によって、その機能が損なわれている。滋賀県では、生物多様性に配慮した農業を推進するために、「豊かな生きものを育む水田」事業が2007年に開始された。この取り組みの一環として、甲賀市小佐治地区では、伝統農法である冬季湛水田が見直されている。演者らは、冬季湛水が水田の生物多様性を増加させるだけでなく(吉岡らP1-277)、代掻き時の栄養塩排出を抑制し(Ishida et al. 2020)、下流域の富栄養化と生物多様性損失の軽減に有効であることを明らかにした(Ko et al. 2021)。しかし、冬季湛水によって増加した水田の生物多様性が生態系の栄養循環機能に及ぼす効果、および、そのメカニズムはよく分かっていない。
そこで、本研究は、湿地生物が媒介する2つの栄養循環機能「微細藻類による栄養取込」と「動物群集による栄養転送」を定量的に評価する野外調査を実施した。5つの谷津で慣行水田と冬季湛水田をそれぞれ1筆ずつ選定し、代掻き直後と中干直前に調査を実施した。栄養取込の指標として、微細藻類の現存量を測定した。さらに、栄養転送の指標として、在来動物群集の現存量、統合的栄養位置(sensu Ishikawa et al. 2017)、食物連鎖長を測定し、農法と季節の二元配置で谷津ごとに対比較した。解析の結果、冬季湛水田の微細藻類は、代掻き後、より速やかに現存量が増加した。また、動物群集の内、生涯を水中で過ごす水生動物は冬季湛水田で現存量が有意に増加した。さらに、在来動物群集の統合的栄養位置と食物連鎖長は、中干直前に冬季湛水田でより高い値を示した。結論として、冬季湛水は、湿地生物の現存量や多様性の増加を介して、水田生態系の栄養取込や栄養転送など生態系の多機能性を向上する効果をもつことが実証された。