| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
一般講演(ポスター発表) PH-24 (Poster presentation)
本研究は、日本在来のトンボ(ハグロトンボ:Atrocalopteryx atrata)及びカゲロウ(ヒメヒラタカゲロウ:Rhithrogena japonica)の翅の撥水性と表面構造及び表面物質についての研究である。トンボ目の翅には、パルミチン酸などの脂肪酸や脂肪族炭化水素で構成されるナノレベルの突起構造(ナノ突起構造)が存在し、これによる物理的・化学的作用で翅に撥水性を与えていることが明らかになっているが、トンボ目と同じ祖先種を持つカゲロウ目についての比較研究は報告されておらず、優れた撥水性を持つこの構造を、有翅昆虫の中で系統的にどの時代に獲得したかを明らかにしている研究は見当たらない。ハグロトンボとヒメヒラタカゲロウの翅に滴下した水滴の滑落角と接触角を測定したところ、どちらの翅も、滑落角が数~十数°、接触角が150°程度の高い撥水性を持っていたが、クロロホルム処理を施すと、トンボの翅に比べ、カゲロウの翅は撥水性を大きく失った。この原因について電界放出型電子顕微鏡(FE-SEM)での表面の観察及び、薄層クロマトグラフィー(TLC)、エレクトロスプレーイオン化質量分析装置(ESI-MS)LC/MS分析によるカゲロウの翅の表面物質の分析を行った結果、カゲロウ目の翅の撥水性は、表面の物理的な構造によるものではなく、ステアリン酸(C18H36O2)やパルミチン酸(C16H32O2)などの物質の化学的な作用によるものであることが明らかになった。またこれらの物質(脂肪酸)はトンボ目の翅のナノ突起構造を構成する物質と共通することから、トンボ目とカゲロウ目の祖先種の翅には、これらの物質が表面に薄く存在することで撥水性を持っていた、そして、その祖先種から、トンボは、トンボ目として分化した後の、デボン紀末期から石炭紀後期の間において、独自に翅のナノ突起構造を手に入れた可能性が示唆された。