| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨
ESJ71 Abstract


第22回 日本生態学会賞/The 22nd ESJ Prize

植物の分子フェノロジー
Molecular phenology in plants

工藤 洋(京都大学生態学研究センター)
Hiroshi Kudoh (Center for Ecological Research, Kyoto University)

分子フェノロジーとは、分子生物学的手法で捕捉される生物の季節動態である。フェノロジーは生態学の主要な研究対象であり、生活史全般の季節タイミングについての研究がなされてきた。植物では、開花・展葉・落葉・休眠などが対象である。私がフェノロジー研究に魅かれる理由が3つある。

1.「リアクションノーム・パースペクティブの良い例であること」
 形質値は環境の関数(リアクションノーム)として遺伝子型にコードされており、それが進化するという見方のことである。例えば、開花フェノロジーの進化は、環境に応答してどのようなルールで開花時期を決めるかというリアクションノームの進化である。開花時期の決定ルールとは?それはどのように形作られてきたのか?
2.「文脈依存的な形質進化の良い例であるとともに、生態系レベルで文脈の共通性があること」
 形質値の適応度は生育地における環境の文脈依存的に決まる。標高・緯度・地勢の違いによって、フェノロジー関連の形質が局所集団間で分化を示し、適応進化を理解する格好の機会を与えてくれる。さらに、群集は季節環境の文脈を共有するため、生物間相互作用についての様々な研究課題がある。そもそも生態系レベルで季節環境の文脈が共有されているため、フェノロジー形質には系統を越えた共通性がみられる。分子フェノロジーの進展により、同祖遺伝子の系統を越えた比較が可能となった。どの応答が原始共有形質で、どの応答が派生形質なのか?どのような多様化、収斂が起こったのか?
3.「生態学や農学の一分野から、発生・生理・代謝・遺伝・エピジェネティクスなどが関わる生物学の重要分野となりそうなこと」
 これは、分子フェノロジーがもたらした波及効果である。当初は開花フェノロジーを理解するために、花成制御遺伝子の発現フェノロジーの研究から始めた。これまでトランスクリプトーム、メチローム、ヒストン修飾エピゲノムのフェノロジーデータを収集した。その結果わかったことが、あらゆるレベルの現象にフェノロジー研究の対象があり、生態学と無縁のメカニズムはないということである。細胞の中で、多くの構造・プロセスが季節変化を見せるに違いないが、そのほとんどが観測されておらず、研究のフロンティアとなっている。

 受賞講演では、私にこのようなことを考えさせてくれた、アブラナ科野生植物、特にハクサンハタザオを中心に分子フェノロジー研究を紹介したい。


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