| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨
ESJ71 Abstract


第12回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 12th Suzuki Award

種検出を越えて:環境DNAを用いた遺伝的多様性モニタリングへの道を拓く
Beyond species detection: paving the way for eDNA-based genetic diversity monitoring

辻 冴月(京都大学大学院情報学研究科)
Satsuki Tsuji(Graduate School of Informatics, Kyoto University)

 環境DNA分析と聞けば、今日では多くの方がメタバーコーディングなどによる種多様性の観測を目的とした研究を連想するのではないだろうか。環境DNA分析は、直接生物を観察する代わりに水などの環境試料中に含まれる生物由来のDNAを検出することで、生物の存在や量などを簡便に知ることができる手法である。本手法は登場からすでに十数年が経ち、多くの基礎研究の積み重ねのかいもあって、生態学界隈での認知度・信頼度は近年着実に高まってきているように感じる。
 私は環境DNA分析の黎明期から手法の開発や応用、実践研究に取り組んできた。その過程で、環境中には複数の個体から放出された環境DNAが混在して漂っているため、これを上手く分析すれば種だけでなく、遺伝的多様性の観測が可能なのでは、と思い至った。この発想自体はごく平凡なものだが、実際に取り組んでみると偽陽性配列による検出精度の低下や定量評価の困難さなど、多くの技術的課題が立ちはだかった。私は環境DNA分析による遺伝的多様性観測の道を切り拓くため、まず偽陽性配列を大幅に排除可能な分析法を開発し、分析精度を向上させることに成功した。さらに、実際に河川に生息するアユを対象として捕獲手法と結果を比較し、その実用性の高さを実証した。
 また、私は開発した手法を用い、琵琶湖産アユの遺伝的集団構造の把握にも挑戦してきた。琵琶湖産アユには遡河時期の異なる2群が存在し、この群間・群内の遺伝的差異や空間的遺伝構造の有無は生物の生活史分化を伴う新規環境への進出を理解するうえで貴重な知見を提供する。そこで、環境DNA分析を用いて複数の流入河川で各遡河群間・内の遺伝的多様性を評価・比較したところ、2群間に僅かな遺伝的差異が存在し、その差異の大小が緯度や放流の影響を受ける可能性を見出した。さらに最近では、省労力かつ省コストで地域系統の存在や分布を迅速に把握する「環境DNA系統地理」に取り組んでいる。淡水魚5種を対象とし、西日本における既知の系統地理パターンを、水試料に含まれる環境DNAの分析だけで正確に、かつ全種同時に再構築することに成功した。
 本講演では、上記に加え現在進めている応用研究の成果も紹介し、環境DNA分析の遺伝的多様性観測における有用性や今後の課題、さらなる発展の可能性、生態学の分野にどのように貢献できるかについて議論したい。


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