| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) C02-21 (Oral presentation)
人為的な景観の改変は野生生物に多大な影響を与えている。野生生物が本来住んでいた生息地が農耕地へ変化することは、生息環境の分断や孤立を招き、野生生物の生息に悪影響を及ぼす。一方で、農作物は自然下由来の餌資源よりも栄養価が高く、資源量も安定的であるため、農耕地を利用することで利益を得ている生物も存在する。そのため、農耕地景観は野生生物にとってどのような環境であるのかは議論が続いている。そこで、本研究では景観構造と農作物依存度がニホンジカにどのような影響を与えているのかを生理学的な視点から評価した。影響の評価についてはストレスに着目し、その指標となるコルチゾールを体毛から測定した。また、農作物依存度については体毛の窒素安定同位体比の値を測定することで評価した。オスにおける最も説明力が高い空間スケールは捕獲地点から半径3000mバッファーであったため、この範囲で外的要因として景観構造が体毛コルチゾール濃度に与える影響を解析した。その結果、農耕地面積は体毛コルチゾール濃度に負の影響を与えることが明らかになった。また、内的要因として、年齢や栄養状態、体毛の安定同位体比は体毛コルチゾール濃度に影響を与えなかった。一方で、メスについては全てのバッファーサイズでヌルモデルがベストモデルとなったため、景観構造で体毛コルチゾール濃度を評価することは不適切であることが示唆された。しかし、栄養状態が体毛コルチゾール濃度に正の影響を与えており、メスでは内的要因でストレスを説明できることが明らかとなった。以上の結果から、景観構造がニホンジカのストレスを説明できるかどうかについては性差があり、生理学的な視点から農耕地がオスのシカにとって好適な環境であることが示唆された。どのような要因が解析結果の性差を生み出しているのかを明らかにしていくために、今後は別の季節で採取した体毛を用いて調査することが望ましいだろう。