| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(口頭発表) E02-18  (Oral presentation)

全ゲノムデータに基づく日本のツキノワグマ個体群の遺伝的多様性の評価
Genetic diversity of Asiatic black bear populations in Japan based on whole-genome sequencing

*遠藤優(国立遺伝学研究所), 大西尚樹(森林総合研究所)
*Yu ENDO(NIG), Naoki OHNISHI(FFPRI)

 野生動物において、集団サイズの縮小は近交弱勢を引き起こすことから、従来の保全計画では個体数の維持が特に重視されてきた。しかし近年、野生生物のゲノム解析により、ある一定期間小さい集団サイズを維持してきた種では、生存において有害な変異が集団中から除かれており、必ずしも現在の集団サイズが絶滅のリスクを反映しているわけではないことが明らかになりつつある。そのため効果的な保全計画の策定には、その種のゲノムの特徴を把握することが重要である。
 日本に生息するツキノワグマは、大半の地域個体群においては増加傾向にあるものの、四国をはじめ一部の地域個体群は絶滅の危機に瀕している。これまでミトコンドリアDNAをはじめとする遺伝解析から、数十万年以上大陸の個体群とは独立した集団史があったことが推定されているが、そのゲノム情報は乏しく、集団の特徴を把握することは現状困難である。
 そこで本研究は、日本のツキノワグマ12個体の全ゲノム解析を実施し、大陸に生息する個体のゲノム情報も用いた集団遺伝解析により、効果的な保全管理計画の策定に不可欠な情報である、大陸の個体群と比較した日本のツキノワグマ個体群の遺伝的多様性と有害変異量を明らかにすることを目指した。
 その結果従来の遺伝解析と同様、日本のツキノワグマ個体群は、大陸の個体群とは独立した集団史があったことが示された。また、四国だけでなく日本の個体群は、大陸の個体群よりも遺伝的多様性が顕著に低く、数十万年という長期にわたって小さい集団サイズで維持されてきたことが推定された。そうした集団史が背景にあるためか、日本の個体群における有害変異量は大陸の個体群よりも少なかった。そのため日本のツキノワグマ個体群は、大陸から独立し限られた集団サイズで維持されてきたという独自の集団史の結果、集団中から有害な変異が除去されたと考えられる。


日本生態学会