| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) E03-08 (Oral presentation)
ニホンオオカミは今から約100年前、生態学的研究が行なわれる前に奈良県で確認された個体を最後に絶滅したことから、その生態はほとんど分かっていない。近年刊行された日本の野生哺乳類を網羅する図鑑でも、生態に関する項目はほとんどが不明と記載された状態である。絶滅種の生態は直接観察することが不可能であるため、標本を基に形態学的な研究やDNAによる遺伝系統学的な研究によって生物学的な特徴は近年明らかにされてはいるが、生態学的な知見の発展は乏しい。本研究では、ニホンオオカミと食性が近いポーランドのオオカミに関する代謝や捕食生態を参考に、ニホンオオカミが1年間に捕食する餌動物(ニホンジカとイノシシ)の個体数とそのために必要な面積を推定するための枠組的なモデルを構築した。このモデルを奈良県における餌動物の生息密度に応用したところ、ニホンオオカミが1年間に必要なエネルギー量のうち、ニホンジカから75%、イノシシから25%摂取していると推定された。これらのエネルギーを摂取するために捕食する餌動物は、ニホンオオカミ1個体(体重15–20 kg)当たり、ニホンジカを18–23個体とイノシシを6.4–8.1個体に相当した。ニホンオオカミ1個体がこれらの餌動物を捕食するために必要な面積は17–22.2 km2と推定された。このモデルを餌動物の生息密度の異なる他地域(埼玉県と兵庫県)にも応用したところ、必要な面積は10.1–42.2 km2となり、ポーランドに生息するオオカミ1個体当たりの行動圏(14.1–54.2 km2)に近い面積であった。本研究ではニホンオオカミの生態学的な知見がほとんどない状況の中で、捕食生態に関して荒削りでたたき台的なモデルを構築した。今後は動物行動学や生理学といった様々な観点からこのモデルを個々の詳細な条件に合うように改変したり、場合によっては叩き潰して全く新しい改良モデルを作るなりして、現存種のみならず絶滅種に関しても生態学が発展することを期待する。