| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(口頭発表) H02-08  (Oral presentation)

窒素沈着による生物多様性影響の量的評価の可能性
Possibility of quantitative evaluation of the impact of nitrogen deposition on biodiversity

*林健太郎(地球研), 茶谷聡(国環研), 仁科一哉(国環研, 地球研)
*Kentaro HAYASHI(RIHN), Satoru CHATANI(NIES), Kazuya NISHINA(NIES, RIHN)

窒素沈着(窒素化合物の大気沈着)は,陸域生態系への窒素インプット過程の一つである.人間活動に伴い大気への反応性窒素(安定な窒素ガス[N2]を除く窒素化合物の総称)の排出が増えると窒素沈着も増加する.かつて欧州などで問題となった酸性雨と同じメカニズムであり,大気輸送を通じて発生源から遠く離れた地域にも窒素沈着の増加が起こりうる.窒素沈着の増加は,初期には一次生産を増加させるが,生態系は富栄養条件を好む種構成に移行し,概して種多様性が減少する.例えば,草本植生を対象とした欧州の広域研究では,窒素沈着と種多様性に負の相関がみられた(1 kg N ha-1 yr-1の沈着増加で0.367のα多様性減少).ただし,多地点データの相関であり,同プロットで窒素沈着を増やした応答実験ではない.
窒素利用の便益を保ちつつ窒素汚染の脅威を緩和する窒素管理への関心が国内外で高まっている.ライフサイクル影響評価では,窒素沈着を含む富栄養化の生物多様性影響の定量評価が求められている.本講演では世界地域スケールの潜在影響(付加的な排出増加に対する草本植物種数の減少)の評価可能性を紹介する.その上で,次の事柄を議論したい.①窒素沈着の種多様性への影響は実際どうなのか.②沈着増加に対する種数減少の応答時間はどの程度か.③窒素沈着が減少すると種多様性は回復するのか.例えば,日本の閉鎖性海域や湖沼の一部では水質は改善したものの種多様性もバイオマスも回復していない.2000~2010年には500 Gg N yr-1であった日本の窒素沈着総量は2020年には400 Gg N yr-1へと明瞭に減少した.陸域生態系にも同様なヒステリシスがあるのではないか.④日本で利用可能な情報やデータはあるか.⑤草本植物から他の生物種への拡張は可能か.⑥推計結果の検証はどう行うべきか.


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