| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) I02-06 (Oral presentation)
落葉高木種ブナは、開芽時期に標高傾度に沿った遺伝的変異が認められており、共通圃場では高標高由来の個体ほど遅く開芽する。開芽時期の標高間変異は高温要求性や日長感受性の遺伝的変異によって生じているのだろうか?また、先行研究で示唆されたように、晩霜害による自然選択が関与しているだろうか?そこで、青森県八甲田山の山腹斜面の標高450~900mから採取した種子・稚樹を標高の異なる圃場3地点で3年間栽培し、開芽時期の標高間変異をもたらした要因を調べた。その結果、先行研究と同様に種子産地の標高が高い稚樹ほど開芽日は遅かった。産地標高に応じた開芽日の変化の程度は圃場標高に関わらず同程度であり、また、日長感受性の産地標高による遺伝的変異は認められなかった。これらの結果から、開芽日の標高間変異に高温要求性の変異が関与している一方で、日長感受性の変異は関与していないといえる。一方、開芽日の遺伝率については、圃場標高が高くなるほど推定値が低く(低標高、中標高、高標高でそれぞれ0.67、0.30、0.01)、高標高地ではブナ稚樹の開芽日は淘汰に対する進化的応答の程度が小さいと考えられる。さらに、八甲田山では標高が高くなるほど積雪安全余裕度(消雪日-最終晩霜日)が大きくなる傾向が認められた。この結果は、積雪下で越冬する稚樹は、消雪が遅い高標高地において晩霜害を被りにくいことを示唆している。しかしながら、樹冠が埋雪しない個体で生じうる晩霜害のリスク(最終晩霜日までの積算温度)とその年変動(11シーズンについての標準偏差)についてみると、年変動の程度と標高との間に正の相関が認められた。埋雪しないブナの遺伝率は高いと考えられていることから、以上の結果は、高標高地において晩霜日の大きな年変動が、埋雪しない成木や幼木に作用する自然選択に直接的・間接的に影響しており、その結果として次世代稚樹の開芽日にも標高間変異が生じたことを示唆している。