| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) I02-12 (Oral presentation)
日本を代表するイタヤカエデ類の中にはいくつもの亜種や変(品)種が認識されてきた。中でもアカイタヤ(アカ)とエゾイタヤ(エゾ)の実生~若木期(未成熟期)の葉の形態(分類基準)の可塑性は非常に高く区別が困難なこともあり、両者をまとめてイタヤカエデとする場合も少なくない。アカ、エゾは別種としての検討が必要との指摘もあった(Ogata, 1965)が、命名や分類を巡り議論が続いてきた。
近年の分子系統学研究でアカとエゾは同じ場所に分布し共通の遺伝的起源を持つにもかかわらず、交配しないことが示唆された(Liu et al., 2017)。また、矢原ら(2024)は最新の遺伝子解析によりアカとエゾを別種とした。しかし、これらが生殖隔離された別種である場合、その生態学的根拠は不明のままである。本発表では、エゾとアカが生態学的特性の異なる別種である可能性とその理由を「分布域とその環境、葉の耐乾燥性、開花フェノロジーの観察による生殖的隔離評価など」から検討した。
両者が同所で隣接生育する森林でも、エゾはアカよりも耐乾燥塩性が高かった。これは、エゾが比較的降水量の少ない内陸や塩分ストレスのある沿岸に主に分布していることと一致した。対照的に、アカは多雪の湿潤な山岳地帯に主に分布する。さらに、同所のアカとエゾでも、開花開始はアカがエゾより早く、落花もアカがエゾより早く完了した。この観察から高い生殖隔離指数が得られた。遺伝起源は共通(Liu et al., 2017)でありながら、耐乾燥性が明確に異なるアカとエゾは、生態学的にも別種と見なす必要がある。両者は、異なる気象条件への局所的な適応を経て、今の分布域を形成したと思われる。これは、ニッチ分析と開花フェノロジーの違いによって概ね裏付けられた。これらの結果は、イタヤカエデ類の多様性形成メカニズムの理解の一助になるだろう。
Mori, S. et al. (2025). Ecological Research, 40(1), 44–55. https://doi.org/10.1111/1440-1703.12512