| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) J01-04 (Oral presentation)
餌から摂取するビタミンや脂肪酸といった有機化合物が、動物の生存や成長、繁殖に強く影響することがわかってきている。特に、n-3 長鎖多価不飽和脂肪酸 (n-3 LC-PUFA; DHAなど) は、生物体内で構造や免疫などの機能を持ち、餌からの摂取量が増えると成長率が向上する。一方で、動物の体組織に含まれる DHA量は、餌からの摂取量と代謝(合成と分解)によって決まり、種特異的な生理的要求や環境の物理的特性によって変動することが指摘されている。しかし、動物のDHA量と体のコンディションとの関係を野外で検証した研究はほとんどない。そこで、河川に生息するヤマメ(Oncorhynchus masou masou)を対象に、水温、体サイズ、年齢と体組織中のDHA量との関係を調べた。調査は2024年4月に岐阜県北部の高原川でおこなった。調査地では、下流より上流で水温が通年3-5˚C低く、晩熟型を示すヤマメの割合が高い。上流および中流でヤマメの未成魚と、春季の主要な餌生物である水生昆虫を採取し、n-3 PUFA(DHA、EPA、ALA)含量を測定した。ヤマメでは、体長、年齢、脂質量も計測した。水生昆虫にはDHAがほとんど含まれないにもかかわらず、ヤマメの体内ではDHAが全脂肪酸の10-20%を占めていた。よって、ヤマメはALAやEPAなどの前駆物質からDHAを生合成しており、餌から摂取する脂肪酸以外の要因でも脂肪酸組成が調節されると考えられた。同年齢では、上流のヤマメほど体サイズが小さく、脂質量が少なく、全脂肪酸に占めるDHAの割合が高かった。上流のヤマメにおける高いDHA保持性は冬季に耐寒性の役割を果たす一方で、DHAの合成コストが春以降の体成長や性成熟に影響する可能性がある。DHAの代謝に着目することで、河川内でサケ科魚類の成長率や成熟年齢が多様化するメカニズムへの理解が深まるかもしれない。