| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) J03-14 (Oral presentation)
これまでの性選択に関する研究は、主に繁殖期における個体の行動に着目して行われてきた。しかし、近年、個体の繁殖成績は非繁殖期における行動にも影響を受けることが明らかになりつつある。鳥類において、雄が繁殖期に形成するなわばりの質は、雌による配偶者選択における重要な要素の一つである。従来のなわばりに関する研究の多くは繁殖期に実施されており、非繁殖期の行動がその後の繁殖期におけるなわばりの質や繁殖成績にどのような影響を及ぼすのかについては十分に解明されていない。ミソサザイ (Troglodytes troglodytes) は主に山地で繁殖する鳥であり、非繁殖期である冬季には積雪や低温を避け、低地へと移動すると考えられていた。本研究では、芦生研究林(京都府)において冬季とその翌繁殖期に雄のテリトリーマッピングを行った。その結果、雄は冬季にも低地へ移動せず、山地でなわばりを形成することが明らかになった。また、雄の冬季のなわばりの主張には、繁殖期のさえずりとは異なり、地鳴きの一種が用いられていた。一部の雄は冬季に形成したなわばりを翌繁殖期まで維持し、その後繁殖を開始した。ミソサザイは一夫多妻の繁殖システムをもつため、雌を誘引するための質の高い繁殖なわばりをめぐる競争が激しい。冬季の間に繁殖地でなわばりを確保することは、より質の高い繁殖なわばりを繁殖期の開始前に獲得する上で有利であり、より多くの雌を獲得する可能性が高まると考えられる。したがって、冬季のなわばりは翌繁殖期の繁殖成績を高める機能をもつ可能性がある。また、ミソサザイの冬季のなわばりは繁殖期と同様に河川沿いに形成される。冬季には山地の餌資源量は減少するものの、河川沿いでは水生昆虫の生物量が増加するため、生存に必要な餌資源を確保できると考えられる。これが冬季になわばりを維持することを可能にしている1つの要因であると推察される。