| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) J03-16 (Oral presentation)
ハシボソガラス(Corvus corone)は、日本を含むユーラシア大陸に広く分布し、農耕地、市街地、森林など多様な環境を利用することで知られている。本種はこの環境利用の多様さから、農業被害や生活衛生被害をたびたび引き起こし、病原体の媒介者となる可能性も指摘されている。そのため、本種の移動の動態や利用環境を把握することは、生態学的な基礎知見の蓄積のみならず、人間活動との関係を理解する上でも重要である。しかし、これまでの研究は目視観察に依拠しており、観察には時空間的な制約が存在するため、連続した移動の全体像を把握することは困難であった。そこで本研究では、GPSバイオロギング技術を用いて、ハシボソガラスの時空間的に連続した移動を追跡し、行動圏や移動距離といった移動の特徴を明らかにするとともに、日中の利用環境を特定して本種の基礎的な移動生態を解明することを目的とした。2024年に佐賀県佐賀市で捕獲された17個体のハシボソガラスにGPSロガー(30分間隔で位置情報を記録)を装着し、8月から12月までの4カ月間にわたって移動データを収集した。
その結果、行動圏は佐賀県のみならず福岡県や熊本県の一部にも及び、行動圏面積は294±332 km²(平均値±SD)であった。性別間の行動圏面積に有意差は認められなかった。1日の中での移動は日出前後と日没前後に活発化し、ねぐらの出入り時に大きく移動することが示唆された。さらに、移動のピークの時間帯は日長によって変動し、冬季には日照時間の短縮に伴いねぐら滞在が長くなる季節変化が示された。日中の利用環境では田が最も多く利用され、特に稲刈期(10月上旬)にその割合が増加した。稲刈期には1日の総移動距離も増加する傾向が見られ、稲刈に伴う落ち籾の増加が本種の移動や利用環境に影響を与えていることが示唆された。本研究は、世界的にほとんど報告がないハシボソガラスの移動生態について、包括的な理解に向けた基礎的知見を提供するものである。