| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(ポスター発表) P0-061  (Poster presentation)

ニホンジカ水晶体を用いた生涯の食性履歴復元の試み
Challenge to reveal the chronological change of the feeding history of deer using stable isotope analysis of eye lenses

*秦彩夏(農研機構・畜産研), 三浦一輝(道総研), 中島泰弘(農研機構・分析研), 松林順(福井県立大)
*Ayaka HATA(NILGS, NARO), Kazuki MIURA(HRO), Yasuhiro NAKAJIMA(NAAC, NARO), Jun MATSUBAYASHI(Fukui Prefectural Univ.)

近年の研究から、ニホンジカ(以下、シカ)個体群内において農作物への依存度に個体差があること、農作物に依存することで次世代を含めて成長や繁殖といった生活史形質に変化が生じることが明らかになってきた。しかしながら農作物依存個体は生涯のどの段階から農作物に依存し始めるのか等、依存個体の発生プロセスは不明である。効果的に農業被害を低減するためにも、依存個体の発生プロセスを明らかにし、依存個体の発生そのものを抑制する必要がある。そこで本研究は、深刻な農業被害をもたらすシカを対象に、水晶体を用いて生涯の食性履歴を復元することを目的とする。
長野県で捕獲されたメスジカの水晶体直径と年齢の間には直線的な関係がみられたことから、水晶体は生涯の間一定速度で成長する可能性が示唆された。続いて長野県および北海道で捕獲されたメス5頭オス3頭の水晶体を分割し窒素(δ15N)・炭素安定同位体比(δ13C)の値を測定した結果、食性の経時的な変動傾向には地域差および性差がみられた。得られた結果から、長野県産メスジカは農作物依存度に個体差があるものの、その依存傾向は生涯で大きく変動しない可能性が示唆された。ただしδ13C値に変動がみられたことから、同じ農作物でも季節移動等により牧草と野菜を食べ分けた可能性が考えられた。一方北海道産メスジカはδ15N・δ13C値が成長に伴い大きく変動し、農作物(コーン)への依存度が増大した可能性が示唆された。オスは長野県・北海道産共にδ15N・δ13C値が経時的に変化したことから、両地域共に農作物依存度が生涯の中で変動すると考えられた。また個体によって値の変動傾向が異なったことから、食性の変動時期には個体差がある可能性が示唆された。今後は母親の食性傾向が個体の食性傾向にもたらす影響を検討するために、胎子時代に形成され、母親の食性が反映されると考えられる水晶体核部分の分析を検討し、依存個体の発生プロセス解明を進める。


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