| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P0-066 (Poster presentation)
有性生殖を行う生物において、性選択は形質を進化させる選択圧の一つであり、しばしば雌が交尾前後に雄の選り好みを行う。一方、多くの動物では交尾は可能でも繁殖に失敗する不妊雄がしばしば含まれている。もし雌が不妊雄とのみ交尾する場合、雌の適応度がゼロとなるため、不妊雄との交尾を回避するよう選択圧が雌に働くはずである。ただし、交尾相手となる雄が不妊であるかどうかを雌が繁殖前に識別することは困難である。この問題の解決策の一つとして多雄交尾が有効かもしれない。つまり、雌は交尾相手の雄が正常か不妊かを問わず複数の雄と交尾をすることで、不妊雄のみと交尾をする確率の減少を可能とする。もし集団内に不妊雄が一定の確率で発生し、さらに雌がその不妊雄を識別不可能な場合、多雄交尾を積極的に行う雌の方が(幾何平均)適応度を増加させるはずである。しかし、不妊雄の存在により雌の多雄交尾が進化するかを実証した研究は行われていない。本研究では、コクヌストモドキTribolium castaneum を対象として、実験進化の手法を用いてこの仮説を検証した。性比1:1の集団を用意し、処理系統と対照系統を作成した。処理系統では放射線により人工的に不妊化した雄を、雄全体のうち半数含めて累代飼育した。対照系統は未処理の雄のみで累代飼育した。各系統は15世代を実験室内で累代飼育した。各系統の雌を不妊化雄または未処理雄を相手にした時の交尾回数を観察し、比較した。結果、雄の処理を問わず、処理系統雌の方が対照系統の雌より有意に交尾した雄の数が多いことが明らかになった。結果から、処理系統の雌は不妊雄存在下での累代飼育によって不妊雄を識別する能力は獲得出来ず、一方で多雄交尾を積極的に行うような進化が示唆された。本研究結果は、多くの動物に見られる雄の不妊に対する雌の対抗形質の進化の可能性を示し、不妊虫放飼法の改良への貢献も期待される。