| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-117 (Poster presentation)
生物の移動は、環境変動・改変の影響を他地域の生態系へも媒介し得るため、生態系間をまたぐ生物の移動の解析手法開発が求められている。生物の移動履歴は、生物個体に保存された同位体比と同位体地図(Isoscape)を比較することで復元できる可能性がある。本研究では、地域レベルの水の同位体比が生物体内に保存されているかを検討する。具体的には、移動範囲が比較的狭い糞虫を対象として、その採集地点の降水・河川水の水素同位体比との比較を行った。
糞虫は国内の普遍種であるセンチコガネ(Phelotrupes laevistriatus)をはじめとした日本全土に分布する計8種を対象とし、本発表ではその118個体について主に後翅を用いて(一部の個体では脚も使用)分析を行った。試料に含まれる交換性水素の影響を排除し非交換性水素同位体比として議論するため、試料は凍結乾燥後、標準物質と共に96時間以上実験室条件で平衡し、再び凍結乾燥後、熱分解型元素分析計付き質量分析計を用いて測定した(比較平衡法)。降水・河川水の水素同位体比は推定式から算出した値を使用した。
糞虫(後翅)の水素同位体比は、全体として降水・河川水の水素同位体比との間に正の相関(ともにr = 0.69)が見られた。センチコガネにのみ注目するとさらに強い正の相関(それぞれr = 0.78と0.77)が見られた。一方で、糞虫の脚の水素同位体比と降水・河川水の同位体比との間には相関が見られなかった。糞虫(後翅)の水素同位体比と採集地点の気候因子・要素を比較すると、年平均気温との相関が最も強く(r = 0.84)、次いで緯度が強い相関(r = −0.73)を示した。この特徴は降水(河川水)同位体比の空間分布の傾向と一致しており、糞虫の後翅には地域レベルの水の同位体比が保存・反映されていると考えられる。この結果は、生物体内の水素同位体比と水源の水同位体地図を使用した生物の移動履歴復元の可能性を示した。