| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-122 (Poster presentation)
ライチョウ(Lagopus muta japonica)は本州中部の高山帯にのみ生息し、年間を通じて高山植物を採食する。しかし、繁殖の準備期間(5月)や産卵期(6月)の食性に関する詳細な報告は少なく、積雪が卓越する時期に産卵に必要な栄養をどのように獲得しているかは不明な点が多い。一方、同時期の雪渓上では、低標高域から移入したと考えられる節足動物が観察され、鳥類がこれらを選択的に採食することが報告されている。このことから、移入する節足動物は鳥類の繁殖期の餌資源を補い、産卵開始の決定に関与している可能性がある。しかし、これらを餌資源として位置づけ、その季節動態や鳥類による採食を富山県立山の高山帯において定量的に評価した例はない。そこで本研究では、雪渓上に移入する節足動物の季節動態と、その生態学的意義を明らかにするため、1)雪渓上に移入する節足動物の個体数および分類群の季節変化を調査するとともに、2)主要な分類群を対象に、ライチョウの糞中DNA量をdPCR法により定量し、産卵開始時期との関連を考察した。
その結果、節足動物の累積個体数(匹/m²)は、3年間(2021–2023年)で共通した季節変化を示し、主に山地帯で発生したと考えられるアブラムシ上科(Aphidoidea)とキジラミ上科(Psylloidea)で特徴づけられた。そこで、アブラムシ上科をターゲット分類群とし、2023年に採取したライチョウの糞を分析した結果、糞中のアブラムシ上科DNA量(copies/ng)は、野外における節足動物の累積個体数の季節変化と同調して増加した。また、一定水準以上のDNA量が、産卵期から消雪を迎えるまで維持された。このことから、ライチョウは雪渓上に移入する節足動物を、繁殖期を通じて餌資源として利用していることが示された。節足動物の移入量(匹/m²/日)がピークに達する時期とライチョウの産卵開始時期が一致していたことから、本種は移入する節足動物のフェノロジーに同期し、繁殖時期を決定している可能性がある。