| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-195 (Poster presentation)
地球温暖化に伴う気候変動は、様々な生物に影響を及ぼしている。なかでも森林・海洋生態系の基盤をなす樹木やサンゴは寿命が長く、急激な環境変動の影響を強く受けると懸念されている。環境変動に対する適応は、集団中に現存する遺伝的多様性に加え、新たに生じる突然変異の供給ポテンシャルに依存する。これまでの理論研究では、次世代を形成する際に生じる生殖細胞変異だけが考慮されてきたが、樹木やサンゴのようなモジュラー生物では、個体の成長過程で生じる体細胞変異も次世代に受け継がれ進化に寄与する。
本研究では、体細胞変異を考慮した数理モデルを用いて(i)生殖細胞変異と体細胞変異の進化的な重要性を比較し、(ii)変動環境下でこれらの突然変異がもたらす適応力を評価する。
樹木やサンゴの生活史を単純化するため、世代の重複があるハプロイド集団を考える。毎世代、集団中の個体は次世代を産生し、割合aで死亡してギャップが生じる。空いたギャップを次世代が競い合って埋め、世代が更新する(幼生での自然選択)。生殖細胞変異は生じた世代にのみ供給されるのに対し、体細胞変異は生じた個体が生存する限り、繰り返し集団に供給され続ける。このモデルの下で、(i)分枝過程により、新たな変異体の集団中での固定確率を生殖細胞変異と体細胞変異とで比較した。結果、体細胞変異の固定確率は個体の平均寿命1/aだけ高くなることが分かった。これは体細胞変異が長い寿命の下で繰り返し集団に供給されることで、遺伝的浮動による消失を回避できるためである。続いて(ii)変動環境下において、それぞれの突然変異が集団の遺伝分散にもたらす効果を数値的に評価した。結果、その効果も同様に寿命の長さに依存することが示唆された。樹木のように寿命が長い種では、ストレージ効果に加えて、個体内に蓄積する体細胞変異も集団内の遺伝的多様性を高めることが予想される。今後は数学的に遺伝分散への寄与を評価したい。