| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-196 (Poster presentation)
漁業は、漁獲対象生物の形態や行動、物性、栄養成分などの特性を把握・利用し、経済活動へと落とし込む産業である。経済的に重要な種では、効率的かつ安定的な利用を目的に人工種苗の生産や放流、漁獲制限などが行われる。これらの取り組みは資源の安定化に寄与する一方、自然界とは異なる選択圧を生物に与え、特性変化を促す可能性がある。その結果、従来の漁業様式では安定的な生産が維持できなくなる恐れがある。
ホタテガイは年間1000億円以上の生産額を誇る我が国を代表する水産資源であり、高度に人為的選抜を受けてきた種である。本種は浮遊幼生を採苗し、中間育成後は養殖・地まき海域でそれぞれ異なる管理下に置かれる。養殖海域では約2年の養殖期間を、地まき海域では約4年の天然漁場での粗放飼育期間を経て漁獲される。養殖個体は高成長が選抜されるとともに、捕食リスクの低い環境下で飼育されるため、捕食者回避能力の低下が懸念される。
本研究では、養殖海域と地まき海域産のホタテガイを用い、捕食者回避能力の地域差を検証した。1t水槽にホタテガイと捕食者であるマヒトデを入れ、タイムラプス映像を撮影した。DeepLabCutを用いて個体ごとの行動量や相互の位置関係を解析し、被食率との関係を明らかにした。その結果、養殖個体の被食率は地まき個体より高い傾向にあり、捕食者が接近した際の平均移動開始距離は地まき個体の方が短かった。しかし、地まき個体はヒトデの腕が届くやや直前の距離で移動頻度が急増していることがわかった。これは、地まき個体が捕食リスクの高い距離に達した時点で、効率的に逃避動作を行っている可能性を示唆する。本研究は、人為選抜がホタテガイの捕食回避能力に与える影響を示す知見として、持続的な資源管理の観点からも重要である。