| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-214 (Poster presentation)
飛翔能力の退化は、甲虫の多様化を促進する要因の一つと考えられている。甲虫の飛翔形質は、飛翔筋→後翅の順に退化し、その過程では飛翔筋や後翅の状態に種内多型が生じる。種内多型を有する種を研究することで、飛翔能力の退化プロセスや、退化をもたらす要因を詳細に検討できる。
甲虫における飛翔能力の退化の生じやすさには、生息地の孤立性や永続性といった環境条件が関係する。一般に、孤立性や永続性の高い環境ほど飛翔能力の退化が生じやすいため、そのような環境の典型である山地の森林に分布が制限された種ほど、退化が生じやすい可能性がある。
甲虫の一群であるツヤヒラタゴミムシ属では、飛翔形質に種内多型が認められる種が存在し、属内で様々な退化段階の種が混在している。また、山地の森林に局所分布する種では、飛翔能力が完全に退化している。従って、本属は甲虫における飛翔能力の退化と生息環境との関係を検討する上で優れた材料である。本研究では、本属を対象に、飛翔能力の退化プロセス、退化と生息環境の関係、退化と分布範囲の関係の3点を検討し、飛翔能力の退化と生息環境との進化的関係を考察した。
研究には日本列島全域から収集した23種を用いた。まず、ミトコンドリア遺伝子2領域と核遺伝子3領域の配列情報をもとに分子系統樹を構築し、飛翔形質の祖先復元を行ったところ、飛翔能力は複数の系統で独立に退化していた。次に、気温や降水量に関する環境変数を用いて系統種間比較法による解析を行ったところ、飛翔能力が退化した種ほど、生息可能な環境幅が狭いことが示された。最後に、分布記録をもとに祖先地域推定と系統種間比較法による解析を行ったところ、飛翔能力が退化した系統ほど地理的な分布が狭く、特に西日本の山地への隔離が過去に生じていたことが示された。これらの結果から、山地林への進出とその後の隔離は、本属に飛翔能力の収斂退化をもたらしたと考えられた。