| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-219  (Poster presentation)

野生イノシシにおける豚熱感染動態への慢性個体と死体感染の影響【A】【O】
Effects of chronic individuals and infected carcasses on classical swine fever infection dynamics in wild boar【A】【O】

*上坂真裕子, 瀧本岳, 川田尚平(東京大学)
*Mayuko UESAKA, Gaku TAKIMOTO, Shohei KAWATA(The University of Tokyo)

 豚熱は、豚とイノシシの感染症である。国境を越えて伝播するため、経済や貿易、食料安全保障に深刻な影響を及ぼす。日本では、2018年に岐阜県の養豚場で豚熱の発生が確認されて以来、2025年2月までに野生イノシシにおける豚熱発生都府県は39に拡大し、終息の見通しは立っていない。感染イノシシの存在が、飼養豚への感染リスクを高める要因となっている。豚熱は発熱、結膜炎、起立困難などの症状を引き起こす。発症期間によって慢性型と急性型に分類され、どちらの型になるかは、健康状態、免疫応答などの要因によって異なる。慢性型となった個体(慢性個体)は、長期間にわたり軽微な症状を示しながらウイルスを排出し続ける。慢性個体は感染の維持に大きく寄与すると考えられる。さらに、感染後に死亡した感染死体も、環境中で長期間ウイルスを保持し、未感染のイノシシとの接触により新たな感染源となる可能性がある。豚熱対策として、イノシシへの経口ワクチン散布や捕獲が実施されている。
 本研究では、慢性個体と感染死体に着目し、慢性個体や感染死体を介した感染が豚熱の感染拡大にどのように寄与するかを調べることを目的とした。SEIRモデルを拡張し、感染個体を慢性個体、急性個体、感染死体の3つに分類した数理モデルを構築した。解析の結果、「慢性個体との遭遇率」、「慢性個体からの感染率」、「感染死体との遭遇率」、「感染死体からの感染率」、および「出生率」の増加が基本再生産数に大きく影響した。一方、「感染死体の消失率」や「死亡率」の上昇が基本再生産数の減少に寄与することが示された。本研究により、豚熱対策において、感染死体の回収や捕獲による死亡率の上昇が、感染拡大を抑制する有効な手段となることが示唆された。さらに、慢性個体の発生を抑えるため、経口ワクチンの効果的な配布戦略を検討し、イノシシ集団における感染の持続を抑制することが重要である。


日本生態学会