| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-233 (Poster presentation)
甲虫をはじめとする一部の昆虫では, 大顎や肢など体の一部が著しく発達した「武器」と呼ばれる性選択形質を持つ種が存在する. 甲虫の武器は縄張りや配偶相手を奪い合う闘争に用いられ, 性選択によって著しく発達してきた. 武器形成において特に興味深いのは, 武器のサイズが幼虫期の栄養条件に依存して大きく変化する可塑性を持つ点である. 大きな武器は敏捷性や飛翔の妨げとなるため, 性選択で有利であっても自然選択では不利になることが多い. そのため幼虫期に豊富な餌を獲得した個体は大きな武器を形成し, 餌を獲得できなかった個体は武器のサイズのみが小さくなる. これは幼虫期に獲得した栄養を生存に不必要な武器ではなく, 翅や肢などの器官に用いて, 闘争によらない繁殖戦術を行っているためだと考えられる. しかし, 甲虫の武器が栄養状態に依存してサイズを大きく変化させる分子メカニズムに関しては長らくの間不明だった.
先行研究において武器甲虫であるオオツノコクヌストモドキ(オオツノ)のインスリン様ペプチド(ILP)が複数同定され, その中でもILP2をノックダウンすると, 高栄養条件の個体でも武器サイズが著しく縮小することが判明した(1). しかしILP2の多面的な機能や, 武器形成を抑制されたことによって生じた余剰エネルギーがどこに転用されているのはわかっていない.
本研究ではオオツノのオスに対しRNAi法によるILP2のノックダウンを行い形態と行動への影響を評価した. その結果, 闘争行動や運動量に負の影響が見られたが体内の脂肪量や飢餓耐性の上昇することがわかった. このことから, 武器甲虫では武器サイズやそれに伴う闘争行動の強さと, 餌資源が乏しい極限環境への耐性がトレードオフの関係にある可能性が示唆された.
また, ILP2をリガンドとするシグナル伝達経路が頭部特異的に作用するメカニズムを調べるため, RNA-seqを実施しILP2の下流遺伝子の候補を探索した.
(1)Y.Okada et al ., PLOS Biology, 2019