| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-015 (Poster presentation)
ブナ科樹木の多くは、受粉から受精までの期間が長く、数ヶ月から1年近く受精が遅れる「受精遅延」を示す。特に、受精が半年以上遅延する種では、開花から結実まで1年以上を要する「2年成」と呼ばれる繁殖様式が見られる。受精遅延は100年以上前から報告されているものの、そのメカニズムや適応的意義は依然として未解明のままである。
近年、長期間の受精遅延は厳しい冬を乗り越えるための適応戦略であるという仮説が提唱された。この仮説では、冬の到来前には胚珠発達を遅らせ、花粉管伸長を停止させることによって、冬の厳しい環境下での繁殖を回避し、より適した季節に受精・結実すると考える。本研究では、この仮説を検証するため、春(5–6月)と秋(9–10月)に開花するマテバシイ (Lithocarpus edulis) を対象に、花粉管伸長と胚珠発達の季節的変化を詳細に観察した。
まず、2022年7月から2023年10月にかけて春咲・秋咲の雌花を毎月採取し、ミクロトームを用いて切片を作製した。その後、共焦点顕微鏡を用いて花粉管と胚珠のイメージングを行い、春咲・秋咲間での発達プロセスを季節間で比較した。その結果、開花時期に関わらず、花粉管は冬前には花柱基部で停止し、胚珠は未成熟な状態で維持されることが明らかになった。冬を経験して初めて花粉管の伸長が再開し、それに同期した形で胚珠の成熟が進行し春に受精に至ることが確認された。
以上の結果から、2年成を伴う長期間の受精遅延は、越冬戦略として機能している可能性が高い。さらに、開花や結実のフェノロジーのみならず、受精のタイミングも環境に適応して調整されることが示唆された。今後の課題は、環境変動を受容し、受精のタイミングを制御する分子機構の解明することである。