| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-051 (Poster presentation)
[目的] サイレント・パンデミックと称される薬剤耐性菌の問題は,世界的に深刻な疾病や経済負荷を引き起こしている。福島第一原発事故後の帰還困難区域では,徐々に避難指示解除が進められる中で,増加した野生動物個体群のコントロールが生活再建上の課題となっている。野生動物は人の生活圏から獲得した耐性菌を自然環境中に拡散させる可能性が指摘されているが,無居住化地域における挙動や,野生動物の生息密度等の生態学的指標との関連性は未解明である。
[材料および方法] 帰還困難区域および周辺市町村において,環境省の捕獲事業または市の有害鳥獣捕獲事業により捕獲されたイノシシ(N=304),アライグマ(N=158),ハクビシン(N=47)から糞便を採取し,抗菌薬(ナリジクス酸,NAL;セフォタキシム,CTX)添加培地を用い大腸菌を分離した。これらを微量液体気釈法による薬剤感受性試験に供し,耐性株は全ゲノム解読後,SNP解析を行った。また,SPDEによる空間ランダム効果GLMMを用いて, 各個体の耐性菌分離確率に対する野生動物の相対密度(カメラトラップ調査データに基づく),農地面積,建屋面積,家畜経営体数,帰還困難区域の効果を推定した。モデル推定にはRパッケージINLAを用いた。
[結果と考察]NAL耐性大腸菌の保有率は,イノシシにおいては帰還困難区域内(29/208)の方が帰還困難区域外(4/96)より高かった(p<0.01)。NAL耐性株およびCTX耐性株のSNP解析の結果,帰還困難区域で分離された株の大部分はクローンであり,CTX耐性株では複数の動物種からクローンが分離された。INLAによる推定の結果,NAL耐性ではイノシシの生息密度,CTX耐性ではイノシシの生息密度と建屋面積率が野生動物における耐性菌分布に正の影響を及ぼしていた。本研究より,帰還困難区域では存在する耐性菌系統は比較的少数であるが,イノシシの高密度等の生態的条件により個体間伝播が促進され,耐性菌が野生動物集団内に拡散している可能性が示された。