| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-062  (Poster presentation)

日本固有亜種ホンドギツネの進化史の復元と保全に向けた提言【A】【O】
Multifaceted phylogeography reconstructs the evolutionary history of the Japanese red fox and offers significant insights into their conservation【A】【O】

*渡辺拓実, 山崎裕治(富山大学)
*Takumi WATANABE, Yuji YAMAZAKI(University of Toyama)

ホンドギツネ(Vulpes vulpes japonica)は、高次の広食性捕食者として我が国の陸域生態系の中で重要な役割を担っているが、いくつかの都府県において局所絶滅の危機に瀕しているため、保全策の立案のためにその多様性や固有性の構造と形成プロセスを特定する必要がある。本研究では、ホンドギツネの進化史の体系的な復元を目的として、母系(ミトコンドリアDNA配列1,510 bp)、父系(Y染色体マイクロサテライト領域11座)、両性(常染色体ゲノムワイド一塩基多型8,404座)、および全ゲノム(高カバレッジアセンブリ約2.4 Gbp)の遺伝子マーカーを組み込んだ多角的な系統地理解析を展開した。ホンドギツネの祖先は、最後から二番目の氷期(約19–13万年前)における海面低下によって対馬海峡に生じた陸橋を介して古本州島に移入し、その後の海面上昇によって大陸集団から隔離され独自の単系統群に進化したことが示唆された。また、最終氷期まで古本州島の東部と西部とに分布域を分断され、それぞれの祖先集団において異なる遺伝的グループに分化したと考えられる。後氷期に個体数と分布域が拡大したことで二次的接触につながり、特に一部の雄の長距離分散によって遺伝子流動が促進されたと推察される。一方で、日本アルプスは分散障壁として機能している可能性があり、現在でも東西日本のホンドギツネは大きく異なる遺伝的祖先性を維持している。さらに、完新世海進で関門海峡が形成されて以降、九州集団は本州や四国の集団と分岐し、独自の遺伝的特徴を涵養している。九州集団は後氷期中に人口ボトルネックを経験しており、その影響で近親交配を生じたことが懸念される。以上の結果から、ホンドギツネに次の4つの進化的重要単位を提案する:東部(日本アルプス以東)、中部混血域(日本アルプス西側から近畿地方)、西部(中国地方と四国)、および九州。特に、九州集団は遺伝的に固有でありながら脆弱である可能性があり、これを保全単位と認識することが望まれる。


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