| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-064 (Poster presentation)
アブラムシ類は単為生殖と有性生殖を交互に行う周期的単為生殖により、クローン増殖による集団の急速な拡大と遺伝的多様性の確保を両立させている。草本を利用するアブラムシは高い移動性を示し、地理的に離れた場所でも遺伝的に均質であることが知られている。一方で、木本を利用するアブラムシはアリとの共生を好み、その共生関係がアブラムシの移動分散を制限している可能性がある。
木本の幹利用に特化し、アリと義務的に共生するヤノクチナガアブラムシStomaphis yanonisは隣接する寄主木間でも体サイズや口吻長に種内変異が見られ、遺伝的な要因との関連性が予想される。そこで本研究では、草本と木本の利用性の違いとそれに伴う移動性の違いが遺伝構造に与える影響を評価することを目標に、草本利用性アブラムシであれば遺伝的に均一であろう5.3km圏内に生息するS. yanonisの遺伝的構造の検出を試みた。
長野県松本市内の4kmほど離れた2つの集団のうち、西側(1.0km圏内)から6本、東側(0.19km圏内)から3本、計9本の寄主植物(エノキ)を選定した。採取した408サンプルを用いて、MIG-seq法で得たSNPデータを解析した。その結果、東西の集団(5.3km)は遺伝的に異なっており、特に西側(1.0km)には、3つの遺伝的クラスターが含まれていた。西側では遺伝的隔離と地理的距離との相関関係が認められず、ごく近距離に存在する寄主木間の遺伝的隔離度が高い傾向にあった。また、9本の寄主植物間のアブラムシの移住には、西側から東側への方向性が示唆された。
特に西側で、地理的距離と無関係に遺伝的構造が検出されたのは、S. yanonisが有翅有性生殖虫をほとんど産出せず、移動分散や新規遺伝子型の流入が極めて稀であることが要因として考えられる。また、S. yanonisの生態的・形態的特徴である定着型の生活史、長い口吻、大型の体サイズといった「木本植物への適応」と「アリとの密接な共生関係」への特化が、集団の遺伝的構造化に寄与している可能性が高い。