| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-068 (Poster presentation)
世界に約2500種が生息するシクリッド科魚類は様々な摂食形態を示し、その高い多様性は利用可能な餌資源に応じれる柔軟な可塑性に起因すると考えられている。シクリッドのなかでもユニークなのは、タンガニイカ湖の鱗食魚 Perissodus microlepisで、口部形態と捕食行動に顕著な左右性を有している。すなわち、右下顎骨の大きい「右利き」個体は専ら餌魚の右側から、左下顎骨の大きい「左利き」個体は餌魚の左側から、鱗をはぎ取って摂食する。この左右性の形成に表現型可塑性が寄与しているという仮説があるが、直接的な証拠はまだない。本研究では、異なる3つの採餌条件(人工飼料群、餌魚を1匹与える群、2匹与える群)で4ヶ月間飼育することで、彼らの捕食行動と下顎骨形態の変化を分析した。捕食行動の解析については、深層学習を用いて鱗食魚と餌魚の位置を自動検出し、個体間距離と遊泳運動量を算出した。
鱗食魚と餌魚の個体間距離の平均値は、実験日数にとともに短縮し、一方で遊泳運動量は両者とも増加していた。つまり、鱗食魚は常に餌魚を追い回すように泳ぐようになっていた。10分間における襲撃回数は、実験開始10日頃から大幅に増加し、実験50日頃には餌魚1匹群は約150回、餌魚2匹群は約270回に達した。したがって、餌魚の数の違いは、鱗食経験の程度として反映されているといえる。4ヶ月にわたる捕食実験後に下顎骨を取りだして幾何学的形態分析を行った結果、餌魚2匹群は鱗食未経験群と比較して、歯骨の前後軸が特に伸長していた。また、利き側の下顎骨の高さ(歯骨上端から後関節骨下端まで)は非利き側よりも有意に長かった。以上から、鱗食経験によって捕食の活性が向上し、口部骨格が変化するのに加えて、その効果は左右の下顎骨に非対称に働くことを見出した。鱗食が下顎骨を左右非対称に変化させる要因として、餌魚に対する衝突による口部骨格への物理的ストレスの左右差、および非対称な咀嚼運動による影響が考えられる。