| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-085 (Poster presentation)
動物の血液組成および生化学データは、個体レベルだけでなく集団全体の健康状態を評価する上で重要である。ヒトなどを対象にした先行研究では、これら形質の遺伝率も推定されており、環境要因に加え遺伝的要因も個体間の変異に関与すると考えられる。しかし、野生動物集団の血液学的・生化学的データと遺伝構造との関係を評価した研究は未だない。本研究では、野生ツキノワグマの血液学的および生化学的データの基準範囲を評価し、これらの形質と遺伝構造との関連性を評価することを目的とした。長野県東信地域(約2,100 km²)において、2023~2024年の2年間に捕獲されたツキノワグマ131個体から血液を採取し、血液組成8項目および生化学20項目のデータを収集した。さらに、同サンプルからDNAを抽出し、両性遺伝する核DNAおよび母性遺伝するミトコンドリアDNAの遺伝情報を取得した。生化学データの基準範囲を推定した結果、中性脂肪やコレステロールの値は韓国の飼育されたツキノワグマの値より低く、スウェーデンの野生ヒグマの報告値より高い傾向を示した。また個体間の核DNAに基づいた遺伝的距離と血液学的・生化学的データの非類似度との関係を検証したところ、遺伝情報と血液組成との間には相関が見られなかったが、生化学データとの間には有意な相関が確認された。これまでのヒトにおける研究では、生化学項目の遺伝率は30~80%とされているが、本研究により、ツキノワグマにおいてもこれらの形質がある程度遺伝することが示唆された。地域差や環境要因も考慮する必要があるため、このようなアプローチを全国的に行うことで、本種の生化学データと遺伝情報との関係をより深く理解できると考えられる。今後、本研究で選抜した個体について全ゲノム解析およびGPS行動データを加え、血液・生化学的形質と行動パターンの関連性を検討することで、本種の個体群管理や健康モニタリングのための更なる基礎データの取得を目指す。