| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-086 (Poster presentation)
新規環境に進出した生物の生活史多様性の変化パターンを理解することは、変動環境下での生物の存続可能性や適応の理解を深め、生物保全や持続的利用に有用な知見を提供する。サケ科魚類では、流域内にダム湖が形成されると、海の代わりにダム湖へと回遊を行う降湖型個体が速やかに出現する。この降湖型については近年、従来の降海型と比べて回遊パターンの顕著な変化や多様化が生じることが報告されているが、それらのメカニズムを理論的に解釈した例はない。理論的な解釈により、降湖型の生活史変化の要因や資源管理上のリスクについて深い理解ができる。そこで本研究では、西日本に生息するアマゴ・サツキマスを対象に、期待繁殖成功の数理解析によって、降湖に伴う回遊パターンの変化・多様化を予測し、実際のダム湖での観測結果と比較・検証した。
数理モデルにおいて、回遊距離が短いなどから、降海と比較して降湖の生存率が高いことを考慮した場合、ほとんどの個体が河川残留型から降湖型にシフトすること、1年のみでなく、複数年回遊型も出現すること、およびメスだけでなく、オスにとっても回遊型が有利な条件が増え、回遊型の性比が1:1に近づきやすいこと等が予測された。これらの予測は、ダム湖で観測された降湖型の回遊パターンの組成と概ね合致していた。また、数理モデルからは、回遊先での成長が良い条件では、1年回遊型が有利になりやすく、回遊パターンの多様性はむしろ低下すると予測された。これは、成長の良い琵琶湖で降湖型の約90%が1年回遊型であったことと整合的であった。最後に、ダム湖上流域では、想定される広いパラメータ条件下で、降湖型が河川残留型よりも有利になり、河川残留型の頻度が著しく低くなることが示唆された。この現象は、一部のダム湖流入河川で実際に観測され、ダム湖の環境悪化や流入河川への遡上阻害に際して、流域全体の個体群の急激な縮小を起こすリスクが危惧された。