| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-101 (Poster presentation)
野生動物の保護管理には、分布全域だけでなく、地域レベルなどの小さいスケールでも集団遺伝的構造を評価し、地域内個体間での遺伝子流動を評価することが重要である。本研究では、長野県のツキノワグマ(Ursus thibetanus)の保護管理施策への活用を見据え、中央・南アルプスの間に位置する信州伊那谷に着目し、地域スケールでのツキノワグマの集団遺伝的構造を評価することを目的とした。1991年から2024年にかけて伊那谷周辺で捕獲された約300個体を対象に、両性遺伝する核DNAのマイクロサテライト領域16座および母性遺伝するミトコンドリア(mt)DNA多型を用いて集団遺伝学的解析を行った。核DNA解析からは、伊那谷を挟み、その東西に位置する中央アルプスと南アルプスで大きく2集団に分かれることがわかり、集団間のF’’STは0.218であった。また中央アルプス集団には北アルプス集団との混合の影響もみられ、遺伝的多様性も南アルプス集団よりも高い傾向にあった。一方、mtDNAでは、2集団間で主要ハプロタイプが異なり、F’’STは0.608と高い集団分化がみられた。また、南アルプス集団の方が、中央アルプス集団よりもハプロタイプ数、遺伝子多様度ともに高かった。これら結果から、信州伊那谷およびそこに展開した都市部、人里は中央・南アルプスのツキノワグマ集団の遺伝的障壁になっており、雌雄の移動分散の違いが示された。伊那谷周辺の人間活動は旧石器時代まで遡り、特に古墳時代以降は畿内中央政権から東国への玄関口、交通の要衝だったことなどの人間活動の歴史もこれら集団遺伝的構造に関係していると考えられる。さらに、これら2集団を別々の管理ユニットとしている長野県の現行の保護管理計画は、集団遺伝学的にも理に適っていることが分かった。