| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-111 (Poster presentation)
イワテヤマナシ(Pyrus ussuriensis var. aromatica)はナシ属の一変種であり、環境省レッドリスト2020では絶滅危惧種ⅠB類に分類される。東北地方において2,000個体以上の自生が確認されているものの、ニホンナシとの種間交雑の影響により、遺伝的に純粋な集団は一部地域に限られている。そのためこれら純粋集団の保全が急務である。本研究では純粋集団の自生地である岩手県盛岡市薮川を調査地として、生態学的および遺伝学的特性を解明することを目的に調査を実施した。
生態学的調査では、個体群構造の把握および年輪試料の採取を行った。その結果、イワテヤマナシは一斉更新する陽樹の典型的な個体群構造を示すものの、実生および結実個体がほとんどない更新不良の状態にあることが明らかとなった。年輪試料の分析では、イワテヤマナシが周辺樹木に比べ成長が遅く、競争に劣勢であることが示された。また、樹齢と林齢が概ね一致する点から、川の氾濫などによってできた光環境が良好な撹乱地において一斉更新する特性が示唆された。このことから、個体群の保全には光環境の改善が必要であると考えられる。
遺伝学的解析では、軽松沢集団および向井沢集団に属する118個体を対象に遺伝的多様性、親子解析、遺伝子流動の推定を行った。その結果、上流域で遺伝的多様性が低く、下流域で高い傾向が認められた。また、親子解析では上流側に親、下流側に子が位置する関係が多く確認され、種子散布様式として水散布が示唆された。さらに、軽松沢集団と向井沢集団間では双方向の遺伝子流動が検出された。
本研究の結果から、イワテヤマナシにおいては植生遷移の進行による光環境の悪化が更新不良の要因である可能性が高いこと、水流による種子散布が遺伝的動態に寄与していることが明らかとなった。今後は伐採等による更新環境整備の検討や、他の個体群を含む広域的な遺伝子解析による地形と個体群形成の関係について、より詳細な調査が必要であると考えられる。