| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-140 (Poster presentation)
人為騒音、とりわけ交通騒音は、鳥やカエルなどの音声を用いる動物の行動や繁殖に負の影響を及ぼす。これらの動物の一部は、騒音による音響マスキングを避けるために周波数の高い鳴き声を発することが知られている。従来、こうした応答は鳴き方を変えるという行動的可塑性によって生じていると考えられてきた。しかし、すべての動物が鳴き方を変えることで鳴き声の周波数を調整できるとは限らない。例えば、先行研究によって交通騒音に晒された生息地の個体が高い周波数の鳴き声を発することが確かめられているバッタ類は、発音器を前翅と後脚に持ち、これらを適切な速度でこすり合わせないと発声できないため、行動変化による周波数調整の余地が小さいと考えられる。このことから、音響環境によってバッタの発音器の形態が異なり、その結果として鳴き声の周波数変化が生じている可能性が考えられるが、この仮説は未検証である。
そこで本研究ではこの仮説を検証するために、北海道内の5地域(石狩、上川、渡島、十勝、釧路)において、沿道の生息地と静かな生息地を各1~2プロット選び、各プロットで雄のヒナバッタ(Glyptobothrus maritimus)を10個体採集した。そして、各個体の鳴き声のピーク周波数と、発音器(ヤスリ器)の歯の個数および長さを計測した。この結果、先行研究と同様に、沿道の生息地の個体は静かな生息地の個体よりも高い周波数の鳴き声を発していた。さらに、沿道の生息地の個体は、静かな生息地の個体と比較してヤスリ器の歯の個数が多いことが明らかとなった。これらの結果から、交通騒音が大きい環境に生息するバッタの鳴き声の周波数変化は、発音器の形態の違いに起因する可能性が示唆された。本研究は、人為的騒音への暴露によって動物の形態が変化する可能性を示した初めての報告である。