| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-143  (Poster presentation)

ヒルギミドリガイの環境耐性【A】【O】
Environmental Tolerance of Two Species of Sacoglossa【A】【O】

*梯紗衣, 遊佐陽一, 三藤清香, 保田海(奈良女子大学)
*Sai KAKEHASHI, Youichi YUSA, Sayaka MITOH, Umi YASUDA(Nara Women's Univ.)

嚢舌類は進化の過程で貝殻を喪失し、環境の影響を直接受けるため、環境ストレスへの適応が重要である。特に潮間帯上部に生息する種は、干潮時の干出や降雨による塩分変化、乾燥といったストレスにさらされるが、環境耐性に関する知見は限られている。本研究では、潮間帯上部に生息するヒルギミドリガイ (Elysia cf. leucolegnote) とイズミミドリガイ (E. nigrocapitata) を対象に、塩分耐性および乾燥耐性を比較し、生息環境が耐性に及ぼす影響を検討した。塩分耐性実験では、両種を異なる塩分濃度(1/128–4倍)の人工海水中で飼育し、生存率および湿重変化を記録した。ヒルギミドリガイは「慣らし期間なし」と「慣らし期間あり」の両条件で評価した(イズミミドリガイは「慣らし期間なし」のみ)。乾燥耐性実験では、湿重が80–20%になるまで室内で乾燥させた後、生存率を記録した。塩分耐性実験の結果、ヒルギミドリガイは1/32倍の低塩分環境に耐え、慣らし期間を設けることで高塩分耐性も向上した。一方、イズミミドリガイは1/8倍までの低塩分環境に耐え、高塩分環境では3/2倍まで生存可能であった。ヒルギミドリガイは塩分条件によらず湿重が安定し、水分の流入・流出を抑える浸透圧調節能力を示唆した。対照的に、イズミミドリガイは低塩分や高塩分条件で湿重が増減する傾向が見られた。乾燥耐性実験では、ヒルギミドリガイは湿重の60%の喪失に耐えたのに対し、イズミミドリガイは40%の喪失までしか生存できなかった。ヒルギミドリガイの生息環境である河口域の潮間帯は、潮だまりの底質が泥であり、水はけがよいため、乾燥ストレスに適応していると考えられる。一方、イズミミドリガイは岩質の潮だまりに生息し、直射日光を受けやすく、高塩分化が進みやすい環境に適応している可能性がある。本研究の結果から、潮間帯上部に生息する嚢舌類の環境耐性は、生息環境に強く影響されることが示唆された。今後、温度耐性を含めた環境適応戦略の解明が求められる。


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